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7/24/2014 - Quote

無断転載なー
ピクシブのアカウントがなぜか担任の先生に特定されて「うさ乃さんの絵は上手だねー」と言われ戦慄しアカウントを消そうかと思い悩んだ翌日に配られたクラスプリントに私の絵がふんだんに使用されていて最後に一言「絵:うさ乃さん」
と晒され無断使用された私の話でもする?

7/24/2014 - Quote

貧乳の女の子が「私がパイズリするとただの床オナになる」って言ってたのめっちゃ面白かった

7/24/2014 - Quote

昨日、道を歩いてる小学生たちが「あっ、先生だ」「先生ー!」と言い出したので見ると、自転車に乗った女先生が現れて鈴のような声で「みんな車気をつけてね。死ぬよ」と言い残して、さわやかに去っていった。

7/24/2014 - Quote

反捕鯨の人達は、クジラが可愛そうだからクジラを捕るなと言っているのではない。  さらに、日本人蔑視や、食文化の違いから、反対しているのでもない。

 これは、海洋利権の話なんでしょ。

 知ってのとおり、200カイリ(排他的経済水域)外での漁業は国籍を問わない。  問わないけど、そんな遠洋漁業ができる技術とシステムを持つ国は限られる。ていうかメインは日本。

7/24/2014 - Quote

小学4年頃だったか、夏休み合宿形式でBASICを教えるキャンプ企画に参加した時、INPUT/IF/PRINTで電卓をつくりましょう、という課題に鼻ほじりながらグラフィカルな電卓作り始めたら2日目にして「この98貸してやるからグラフィックツールでも作ってろ」と隔離されたの思い出した

7/24/2014 - Quote

ムスリムの礼拝は1日に数回必要という理解は進んでいると思う。だが、お祈りの前に手足を清めなければならないことは、意外に知られていない。このため、礼拝所だけを完備しても、足を洗える場所を確保しなければ、かえってムスリムに不便をかけることになる。

7/24/2014 - Quote

国、地域、宗派だけでなく、個人によってもハラルの基準は変わる。旅行中はある程度は許されると、豚肉を食べ、アルコールを飲む人もいる。逆に、戒律を厳格に守り、日本の飲食店では何も口にしない人もいる。何を食べ、何を食べないかは、あくまで個人の裁量に委ねられる。

7/24/2014 - Quote

そもそもイスラム国家でない日本で、厳格なハラル対応はしょせん無理なのだ。輸出する場合は必須だが、こと国内で提供するものにハラルマークは本当に必要なのか。

7/24/2014 - Quote

Tumblr を見ていたら、「平和の反対語は混乱であり、それは 状態を指す言葉である。 戦争は暗殺、脅迫、政略結婚、買収、 対話等と並ぶ外交手段の一つである」という文章が流れてきて、これはいい定義だなと思った。

現状を否定して、「平和」みたいな「かくあるべききれいな理念」を唱えてみせる人には、時々たくさんの支持が集まる。きれいな言葉に心癒されて、じゃあその腐った現状をどうすればきれいになるのか、答えは結局聞こえない。

答えの見えない現状に、じゃあ「こうしましょうよ」なんて提案しようものなら、今度は「お前は平和が嫌いなのか。戦争に賛成するのか!」なんて叩かれて、「戦争に与する極悪人」のレッテルは、そう簡単に剥がれない。

こうしたやりかたは、やっぱりどこか間違っていて、要するにそれは、本来は対比の対象にならない、「状態」と「手段」とを、あたかも対比可能な何かであるように並べてみせることで、聴衆の誤解を誘う手段に他ならないのだけれど、「これ」という名前がついていないからなのか、あまりこれが叩かれる場面を見たことがない。

「戦争」と「平和」みたいに、本来は対比の対象にならない何かを反対語として対比させるやりかたは、現実的な解決を唱える相手を潰す必要が生じたときには、しばしば便利な武器となる。

一般化すると、誰もがそう思う「望ましい状態」と、「それを達成するのに必要な、何かに痛みを強いる手段」とをそれぞれ探して、それをあたかも反対語であるかのように対比させる。現状に対して、「望ましい状態」が欠けている、その責任は相手の側にある、とまずは断じて、相手がそれに反論すれば、「お前は戦争主義者だ」みたいに、相手に対して「痛みを強いる手段を好んで用いる者だ」というレッテルを貼って、さらに叩く。

こうしたやりかたは、言葉が勢いを失わない限り、冷静な議論を遠ざけておくことができる。きつい言葉で相手を罵ることで、相手に対して「この人とは話しても無駄だ」というあきらめを促す。冷静な議論になれば敗北必至の情勢であっても、勢いで押し切ることに成功すれば、少なくともその「議論」において、勝利宣言をするところまでは持って行ける。